田中冨久子のホルモン学講座

第4回 エストロジェンは女性の からだと心にこんな作用をおよぼす

 閉経後の女性のからだと心に起こる変化についての講義の準備として、周期的な排卵と月経を繰り返している閉経前の女性、いわゆる性成熟期にある女性においてエストロジェンがどのような働きをしているのかを説明しておこうと思う。

 なお、エストロジェンの作用は、図1に示すように、受容体アルファ(α)と受容体ベータ(β)によって仲介されるが、ここで複雑になるのをさけるため、一括して説明することにしたい。

エストロジェン受容体

 まず、思春期から入って行こう。思春期の女性では、副生殖器(恥丘、大・小陰唇、腟前提、腟、陰核、子宮、卵管など)の発育や発達、乳腺の乳管を成長させ、乳房を大きくするなどの第二次性徴を発現させる。また、脂肪の沈着部位を変えて女性らしい体型を作りあげる。

 初潮の起こる時期になると、視床下部—下垂体前葉—卵巣系の一部として役割をになう準備が整い、下垂体前葉からのゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)分泌に対してネガテイブおよびポジテイブフイードバック作用をおよぼすようになる。この系の働きによって、卵巣からのエストロジェン分泌自身に約28日周期の変動が起き、排卵や月経が周期的に起こることになる。そして、性成熟期の女性に28日周期の排卵と月経をもたらす。

 性成熟期になると、エストロジェンの副生殖器に対する作用はさらに強くなる。子宮体部の内膜組織を増殖させ、内膜腺を形成させて、増殖期をつくる。子宮頸部に作用して頸管膜の粘液分泌を増加させる。腟に作用して腟粘膜上皮の増殖・角化を促進し、同時に粘膜を酸性に保つ作用により、腟内に入った雑菌や病原菌に対処する自浄作用を保持させる。乳腺に対しては間質、乳腺管を発育させる。

 エストロジェンの作用は、このような生殖機能と関係したものだけではない。骨に対しては、破骨細胞に作用して骨吸収を抑え、一方、骨芽細胞にも作用して骨量を維持する。思春期には長管骨の成長および骨端線の閉鎖を起こす。血管に対しては、拡張作用によって血圧低下を起こす。血中脂質に対しては、HDL-C(善玉コレステロール)の増加、LDL-C(悪玉コレステロール)の減少、中性脂肪の減少、などの作用がある。これら脂質代謝への作用は、血管作用とあわせて抗動脈硬化作用と言われる。皮膚に対しても、皮脂分泌を抑制、保温性・弾力性を保持させる。

 そして、脳(中枢神経系)への作用は、脳研究をやってきた私としては最も強調したいものである。エストロジェンが周期的排卵を起こすために働くのは視床下部である。またエストロジェンは食欲抑制に働き、女性を男性よりも小食にするが、この作用も視床下部が仲介する。しかし、私が重視するのは、脳内のさまざまな神経伝達物質が、女性ではエストロジェンによって分泌促進されることである。たとえば、やる気を起こさせるドーパミン、うつ気分を和ませるセロトニン、認知機能を高めるアセチルコリンなどの分泌がエストロジェンで促進されるのだ。アセチルコリンは、また、第1回の本講座で話したような睡眠やそのリズムにも関わる神経伝達物質である。

 これらのエストロジェン作用が欠落したら、女性のからだと心にどんな変化が現れるのか、おのずから明らかになると思われるが、今後の講義であらためて説明することにしたい。