田中冨久子のホルモン学講座

第11回 ビタミンDは実はホルモンです

 本講座は、東京大学名誉教授で、元味の素研究所所長の高橋迪雄先生の講演原稿をもとにお話しさせていただくことをご了解ください。挿入図も高橋先生の講演スライドから了解を得て使わせていただいております。高橋先生は、人間をはじめ動物の食生活の観点から幅広い研究を進め、また情報を集めて来られた知識豊かな方で、ビタミンDに関しては突出しています。

 ビタミンDは、100年近く前に発見されてから、長く、微量で体の物質代謝を正常にし、生命の維持や成長に必要な有機物で、食物から取り入れられる、つまりビタミンの一つと考えられていました。でも本当は、私たちの体のなかで合成され、その受容体が細胞の核内に存在し、しかも構造もステロイドホルモンの一種であることが1975年に確定されました。ですから、ビタミンDはビタミンという名前がついてはいますが、実は,例えば、女性ホルモンや男性ホルモンに似た構造のステロイドホルモンですので(図1)、今回、このホルモン学講座で取り上げることにしました。

ビタミンD構造

私たち陸上動物はビタミンDを使って血中カルシウムを維持
 私たち人間を含め脊椎動物の血中のカルシウム濃度は厳密に一定に保たれる必要があります。骨の代謝,血液凝固、細胞膜の興奮などに必須の働きをしているからです。進化の過程で、私たちが海から陸上に進出したとき、体液を海水の遊離カルシウム濃度と同じに維持するために、「骨」という場所をカルシウムの貯蔵場所にして、ビタミンDと上皮小体(副甲状腺)ホルモンによる調節系を作り上げました。血中のカルシウム濃度が低下するとこの2つのホルモンの働きで回復します。

ビタミンDは体の中でどのように合成されるのか
 例えば、図1に示すように、エストロジェンは卵巣において、卵巣や肝臓が合成したコレステロールに酵素が作用してつくられます。一方、ビタミンD3は、皮膚において、ここに貯蔵されている7-デヒドロコレステロール(ピロビタミンD3とも呼ばれます)に紫外線が照射されることでつくられます。ビタミンD3は日光の充分な地方では、エストロジェンと同様に、体内で合成されますが、日光の乏しい地方では経口摂取が必要となります。

 皮膚から血中に入ったビタミンD3は、まず肝臓で代謝されて貯蔵型のビタミンD3になり、次に腎臓で代謝されて活性型のビタミンD3になります。
 植物がつくるビタミンD2が知られていますが、最近ではビタミンD3と同等の活性が無いとする考えが有力です。

ビタミンDは体内でどのように作用するのか。
 生理作用をもつのは活性型のビタミンD3です。腸の細胞に作用して食物中のカルシウムとリンの吸収を促進させる作用、また骨からカルシウムとリンを遊離させる作用はその代表です。

 ビタミンD3はステロイドホルモンですので、その作用のメカニズムは、卵巣ホルモン、精巣ホルモン、副腎皮質ホルモンなど他のステロイドホルモンと同じに、細胞の核内にある受容体に結合して転写制御因子と呼ばれるものになり、特定の遺伝子の発現を制御することになります。その結果、細胞の機能、成長、分化などを制御しますが、活性型ビタミンD3は、ヒトのもつ2万個以上の遺伝子のうち、少なくとも200以上の発現を増加させる事が知られるようになりました。

ビタミンD欠乏症(図2)
 近年、とくに2000年代になってから、沢山のヒトについての試験研究が進み、現代生活ではビタミンDが欠乏する機会が多く、欠乏により体全体に様々な不具合の生じることが示されて来ました。図2は、科学雑誌ネイチャーに2011年に掲載され、高橋先生の改変によるものです。ただし、「欠乏の結果」は、欠乏の結果「発症リスクが増えるもの」ということだそうです。

 この図を見ると、ビタミンDは、赤色で示された、骨粗鬆症、筋力低下、骨関節炎などというこれまで短絡的に考えられてきた疾患以外に、体中の不具合と関係することに気づかされ、驚かされます。

ビタミンD欠乏症

加齢によって皮膚におけるビタミンDの合成が減少する(図3)
 次に当ホルモン学講座で問題になるのは、このホルモンの血中濃度が加齢によって変化する可能性についてです。このブログはとくに更年期以後の人たちに読まれることを目指していますので尚更に問題になります。

 そして確かに、加齢によって顕著に血中ビタミンD3が減少することを推測させる論文が発表されています。ビタミンD3はその80%が表皮、表皮基底層で合成されているのですが、高齢者では、プロビタミンDである7-デヒドロコレステロールの表皮での含量は若齢者の含量の半分程度に減少していること、また、実験的に行った皮膚資料に紫外線を照射した時の合成量も若年者の40%程度に減少していました。

 この結果に対する高橋先生のコメントは、この論文は少し昔のものなので、高齢者は日光浴をするように心がけなさい、という基調で書かれているけれど、今の時代であれば、高齢者は陽に当たってもビタミンDは若い時のようには作れない一方で皮膚がんのリスクが高まる、という結論になるだろう、ということです。

血中濃度

ビタミンDサプリメント摂取もホルモン補充療法
 それでは、加齢しつつある私たちはどうやったらビタミンD欠乏症から逃れることができるのでしょうか。この問題について米国は著しく敏感で、ビタミンDについて、そして日光への曝露と健康について、人々を教育するための非営利組織「ビタミンD会議」がカリフォルニアに設けられています。この組織は、寄付を募り、印刷物やメデイアを通じてビタミンD欠乏の危険性を熱心に人々に説いています。

 そして、ビタミンD3の欠乏・不足は「ビタミンDサプリメント」の摂取で改善することが良い方法であることが多数の論文で示されてきています。図4にその1例を示します。成人男女(18−79歳)に1000単位のビタミンD3のサプリメント、あるいは偽薬を11ヶ月間,毎日摂取させた結果、摂取前の血中ビタミンD3のレベルは欠乏〜不足レベルでしたが、11ヶ月後の平均値は充足レベルになりました。

ビタミンD3

 日本では、こうした米国におけるようなビタミンDの必要性に関する活動は皆無です。かくいう私も、当院を受診されている閉経後の患者さんたちの骨密度の低さに驚いて治療用のビタミンDを処方して飲んでもらっているに過ぎないのでした。そして、新潟大学の中村和利教授の研究によると、29歳以下から50歳以上の日本女性でビタミンD3の血中濃度において、充足レベルの女性はほとんどいないという結果だったのだそうなのです。

 ここまでお話しましたら、もうお分かりでしょうが、本講座の結論としては、ビタミンDも、女性ホルモンと同じように、ホルモン補充療法をしましょう、ということになります。そして、この補充療法は、ご自分で、天然型ビタミンDを毎日1000〜2000単位摂取することで可能と高橋先生は言います。そして、米国のビタミンDサプリメントは羊毛から作られるのでとても安価ですよ, とも。実際、日本で販売されている輸入品は、一粒1000単位で約10円です。